沖縄を訪れた内地の人が沖縄の魅力にとりつかれて熱病のようになること、これを沖縄病という。文献上に表れる初の症例は1924年に20日間にわたって沖縄を訪れた建築家の伊東忠太とされ、「沖縄のすべてに感動し熱病のようになった」と記している。その後、1939年12月に訪沖した柳宗悦ら日本民芸協会の一行も同様の症状に見舞われ、これによって沖縄病は集団感染することが明らかになった。一説には彼らが「沖縄病」の名付け親といわれているが、この頃は仲間うちの俗語でしかなかったようだ。沖縄病という言葉が全国に初めて紹介されたのは1960年。当時の東大学長・茅誠司が講演のなかで「沖縄病を日本人全部に伝染させたい」と語ったのが初めてとされている。このとき茅誠司の隔離を怠り、感染対策を徹底させなかったことがのちの沖縄病の大流行を招く原因になったと指摘する人もいるが、いずれにしても当時はインテリ階級に特徴的に現れる病気であった。こうした経緯から感染源は沖縄の「文化」「民俗」といった主に知識人が研究対象とするアカデミックな領域にあるではないかと考えられていたが、復帰前後から一般旅行者にも感染例がみられるようになり、「青い海、青い空原因説」がにわかに浮上した。
ノルウェーのベルゲンから、内陸部のミュールタールまで列車で出て、そこから世界で最も美しい登山鉄道と言われる「フロム鉄道」に乗り換え、フロムから世界最大のフィヨルド、ングネフィヨルドを船で行くという手もある。全長205キロ、最深部は1308メートルもあるングネフィヨルドは、奥に行くに従ってネーロイフィヨルド、アウルランフィヨルドと更に枝分かれしていく。両側に1000メートル級の山々がそそり立つ。フィヨルドは奥に行くほど水深が深くなる。それは内陸部ほど氷河の重さが重く、外海近辺では薄かったためで、氷河が重たい分だけ、その下を深く削っていった。やがて氷河期が終わり、氷河が後退するに従って海水がドッと流れ込んできて現在の「風景」をつくったというわけだ。静かなフィヨルドの風景は、自然の持つ奥深さと神秘を我々に教えてくれる。
激安パックツアーの難点は、市内観光に土産物屋など余計な所に立ち寄るトコロ。しかし激安価格は、土産物店のバックマージンによって実現している。観光ナシの丸々フリーのツアーは、数千円アップ価格。自由はお金がかかるのだ。しかし、例外もある。某中堅旅行代理店がうちだした『上海・3泊4日32800円』のツアーは、上海ガニ付き。国賓待遇でも土産物店に連れていかれるという中国、数時間のロスは覚悟していたが……成田へ行って驚き。配られたツアーバッジは、中国語表記の物。しかも、ツアー参加者の半数を、中国人の方々が占めていたのだ。参加者の在日中国人女性いわく、「在日中国人向けのツアー会社に申し込んだの。安いのよ、日本の旅行会社より」上海到着、上海ガニのディナーに寄ったあとホテルに直行。土産物店めぐりナシ。ホテルがガイドブックに掲載されていなかったのが不安だったが、新築だからと知りさらにオドロキ。恐るべし、中国コネクション。現地ガイドは性格キツく仕事もいいかげんだが安さと自由さ、豪華さを考えれば中国系の激安ツアーは、絶対オトク!